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過去のノートパソコンたち①~⑥

27 11月
数年前から、というか初めてブログを書き始めた時に、パソコンと出会ってから今までに購入したものをまとめておこうかな?と思って書き始めたのが、このシリーズです。
すごく個人的なことばかり書いていて、完全に自分の日記ですが、Live Space にまとめて置いておこうと思います。
( 若気のいたりで、多少?言葉を選んでいない表現があるかもしれませんが、気にしないでください。 )
続きの⑦はすでに下書きしてあるので、近日中に公開予定・・・できるはず。。。
 

( 2004/10/14 01:17 )
こんばんは。
いつもこんな遅い時間に書いているのは、仕事が終わって、家に帰ってお風呂入って、うだうだして、『さて、そろそろネットしよ~』 と思い出すのが、だいたいこのくらいの時間だからです。夜のお仕事してるわけではないのです。

タイトルのことを忘れそうでしたが、、、学生時代からパソコンが好きで、今ではそのままそれが仕事のような感じになっていますが、当初から変わらないポリシーがあります。それは、ノートパソコンしか買ってない、ということです。(仕事では、タワー型も使ってますが・・・)

初めて自分で購入したノートパソコンは、NEC の PC-9800 シリーズのノートパソコンで、NS/T 40 というものでした。
たしか、大江千里あたりが、小脇に抱えてビジネスマン風の CM をしていたかと思います。。。
これは、当時(1993年)にしてはすごい性能のノートパソコンで、その当時のノートはハードディスクがついていないのが主流だったのに、こいつには、なんと 40MB もついていたのです!(40GB ではありません。)
さらに、スペックを記憶の奥から引きずり出してくると。。。

CPU は i386SL という省電力タイプの i386SL 20MHz
メモリは、2MB (後にバイト代を使って +6MBのメモリと、一太郎用に EMS 拡張メモリボードを 5MB 分購入)
液晶はモノクロ 8 階調の 600×400 の解像度
さらに!当時のノートPCのCPUには、コプロという数値データプロセッサが後から搭載可能な仕様でした。(購入の1年後に、大阪の日本橋ソフマップで Get!)

ということで、僕のノートパソコンの購入歴史を、勝手にさかのぼってみます。


( 2004/10/16 01:34 )
さて、前回僕が使ってきたノートパソコンを紹介しようということでしたので、一つ一つ紹介していきます。

まず記念すべき第1号は。。。
NEC PC-9801 NS/T (SX/T) 40 です。スペックは前回書いたとおりなので、省いて。。。
これの入手についてのエピソードを書いておきましょう。

たしか、大学 2 年の夏休みに入る直前のことでした。
パソコンというと、中学校においてあった MSX や高校の時にワープロなどで使った PC-8000シリーズしか触ったことのない僕にとって、パソコンをレポート提出に使ったり、さらには PC-VAN でパソコン通信をしていた友人(悪友か!?)S は、最初は 『コイツなんでこんなことに金つぎ込んでるんだ?』 と思っていたのですが、ひょんなことから、彼の持っていたノートパソコンを格安で売ってもらうことになったのが入手のきっかけです。
格安といえど、当時このマシンは定価でも 50 万近くしていたのに、それを半年ぐらいの使用期間で 20 万円で売ってくれることに!
しかし!
当時学生の僕にとって 20 万はとても手が出ない (いまでもおいそれと出ませんが。) 、、、というか、その当時で人生最大の買い物に直面していたのです。
いろいろ試行錯誤した結果、いままでためてきたお年玉貯金の 5 万を頭金にして、残りの 5 万はバイト代から月々1万ずつ返済し、残りの 10 万は、親を説得に次ぐ説得で、出世払いで貸してもらうことに。。。
今思うと、いろんな意味で、これはかなりいい買い物でした。
ものが安かっただけでなく、僕がパソコンの世界に入るきっかけでもあり、さらには今食べていける仕事の基礎を買ったと思えば。。。

その後学生だった 3 年の間に、
NS/T -> Nd2 -> Lt2 と、売っては、差額をバイトで稼いで、継ぎ足しながら中古を買うといった感じでした。
まぁ、中古ノートパソコンを買っても、多少壊れていてもある程度自分で直せるようになっていたことと、のめりこむようにパソコンを使いまくっていたので、OS に対する知識も、たぶん当時普通の人よりもよくわかっていた部類にはいるぐらいになっていたので、中古を買うということに不安や抵抗感はまったくなくなっていきました。
(のめり込むほどに、担当教官からは怒られてばかりでしたが。。。)
あ、そういえばこのあたりからすでに秋葉原へ部品を買いに行ったり、お買い得なジャンクノートを漁っていました。
今でも購入の中心は中古もしくはジャンクノートなのは、この時のクセなのかもしれません。


( 2004/10/18 00:57 )
 
さて、学生時代 NS/T -> Nd2 -> Lt2 とわたっていったのですが、CPU の速度は Nd2 の方は実は、デフォルトはたしか 40 Mhz前後ですが、メルコやアイオーデータとかから、CPU アップグレードキットなどが出ていて、簡単に CPU をアップグレードすることができました。公式には、最高 i486DX 100Mhz までいけたと思いますが、最後のほうでは、AMD586 133Mhz とかいうのもあったような気がします。。。あれ?Ne3 とか対応だったかな?
で、Nd2 は運よく i486 100Mhz で利用していたのですが、A4 サイズで2Kg 以上あって、毎日小型プリンタとあわせてリュックに背負って学校に行っていたので、さすがに疲れてきました。それでもパソコンが好きだったので、あるマシンに出会うまでは苦にならなかったのですが。。。
で、そのあるマシンというのが、当時の担当教官だった犀川教授がもっていた Lt というマシンでした。
これを見た瞬間!ノートパソコンはこうあるべき (=持ち運びやすい) とビビっ!とキました。(Lt はたしか 98 Lite の略。)
しかし、さすがに高い!新品だと一太郎 6.3 Lotus123 Windows3.1+DOS5.0A で軽く40万以上していたと思います。で、「大人になったら買おう」と、半ばあきらめかけていたのですが、ある日先生には怒られかけていた(卒論に集中しろと。。)深夜のコンビニのバイト明けにフラっと目に入った質屋に、なんと Lt の上位機種の Lt2 が、14万で飾ってありました。
もうめちゃくちゃ辺鄙なところにある質屋だったので、店の人に聞いても、かれこれ1ヶ月前から置いてあるのに、だれもこれについては見向きもしなかった、とのこと。さらに!学生割引で2万円引いて12万で売ってくれる、ということになって、その場で後先考えずに、即決してしまいました。。。
というのも、当時 Nd2 もそこそこ人気のノートだったので (液晶が DSTN だったのにも関わらず。。。ノートパソコン自体が高かったので) ふつーに中古屋に持っていっても14万ぐらいで売れることは知っていたのです。さらに、CPUがi486の最高峰 100Mhz にUpgradeしてあったので、見積もりでは安くても15万と見ていました。が!Pentium マシンが出そうな雰囲気から実際に売りに出そうとしたときはちょうど値下がりつつある時期で、さらに弓道部に所属していた僕は週末の重なる練習試合などで売りに出すタイミングを完全に見誤っていました。
結局中古屋に売ると、CPU Upgrade 付きでも 9 万にしかならないということから、プリンタとセットで 10 万で引き取ってもらいました。
で、Lt2 を即効で買いに行って、Nd2 のバックアップをフロッピーで35枚分をカシャカシャと手動でコピーして、依然と同じ環境を整えることができました。実は、Lt2は CPU は固定で i486 50Mhz と Nd2 の半分のクロックだったのですが、メモリが倍の 36MB で VRAM 1MB の Trident Cyber9320 が搭載されていました。
が、すでに当時 NA7 など Pentium ノートが出ていたのにも関わらずこのマシンを使い倒したのは、やはり持ち運びにとても便利だったことと、もともと改造されていたらしく850MBのHDDがついていたことがとても重宝していたからです。( あと、やっぱりあこがれの TFT 液晶だったからかも。 )

さて、このマシンは就職して半年 (最初のボーナスがでるまで) の間メインマシンとして使っていたのですが、Windows95 との葛藤もあり、いろんな意味で愛着がありまくりました。また、OS やアプリケーションのインストールが CD-ROM が主流になりつつあったのもこのくらいの時代です。CD-ROM ドライブが内蔵されていないマシンで OS のインストールに CD を使うのは、かなり面倒なことをする必要がありました。


(2004/11/17 19:17)
 
さて、僕が Lt2 を使っていた環境は、MS-DOS v5.1 + Win3.1 がメイン環境で、社会人になろうかどうか?というところでようやく Windows95 を使い始めました。Win95 の利用が遅かったのは、Win95 の UI が 3.1 に比べて使いにくい(ファイルマネージャがないからか?)気がしたのと、一太郎 Ver6.3 の出来がすばらしかったからです。
しかし、就職後 Win95 にせざるを得なかったのは、会社では標準で95を使っていて、さらにドキュメントは Word が主流だったからです。
もちろん、Office4.2 とかいう 3.1 用の Word は利用したこともあったけれど、お世辞にも使いやすいとは言いがたく、こんなんだったらまだクラリスワークスのワープロのほうがまし!いや、アミプロ?アシストワード?のほうが。。。とまで思っていたほどです。
でも、Word95 はちょっと違ってましたね。慣れれば使いやすい。というか、僕が所属したパソコン教育部はその名のとおりパソコンならびにアプリケーションを教える部署だったので、諸先輩方のわかりやすい教えによって、Word との、というか外国産アプリケーション、、、いや、Windows アプリケーションとの付き合い方を知ったおかげで、今に至ります。
一言で言うと、一太郎と Word の操作性の違いは、"日本人とアメリカ人の違い"とでもいえるような気がします。とはいえ、一太郎6.3 はESCメニューも使えるし、ツールボタンも小さく使いやすかったのに、楽しみにしてた Ver7 は激重!さらに、あのツールボタンのデザインは最悪で CPU100Mhz 以上の Requirement はなんなんだ~?ということで、すっかり一太郎は嫌いになってしまいました。
結果として、一太郎と相性のよかった Lotus1-2-3 も使わなくなって、ジャストウィンドウというマルチタスク機能も使わなくなって、別の製品を探しまくっていたのが、就職直後でしょうか。。。(ハードディスク容量の増加と共に、愛用のエコロジーⅡも使えなくなって、一時的にパソコンから離れていました。あ、3日ほどですが。。。)
でいろいろ当時から悪友?だった中野君と秋葉原に行って、Works を共同で買ったり、クラリスワークスv4を買ったり、WordPerfect を買ったりといろいろ自分好みのワープロを探していましたが、結局 Word97 に落ち着きました。また、このころから ATOK の操作の呪縛から離れて、(↓ で変換) IME97 のお世話になってます。でも、ATOK9 もなかなか手放せなかったですが。。。
ちなみに今の MS-IME は IME97よりも変換効率悪くなってるような気がするのは気のせい?IME97の時のような素直なFEPになって欲しい。。。
。。。結局ノートにはあまり触れなかったので、続きはまたこんど。。。

(2006/02/15 00:32)
 
前回は、就職前後のことを書きました。
以前 PC-9821 Lt2 という B5 サブノートを使っていました。その頃ちょうど中野 La10 S8 という、当時のサブノート派垂涎のマシンを使っていて、すごくうらやましかったのを覚えています。
( この S8 は当時何が画期的だったのかというと、B5 サブノートなのに SVGA(800×600)のフルカラーサポートという解像度の液晶を搭載していたのです!)

さすがに手が出なかったなぁ。。。と言いながらも、就職1年目の冬のイベント間近の 12月に僕は運命的な OS と出会います。

それが Windows NT 4.0

32 bit ネイティブと言われたこの OS は、とてもじゃないけれど、Lt2 では動作させることはできなかったです。でもどうしてもこの OS を使ってみたいということから、冬のボーナス ( いわゆる初ボーナスですね ) の半分と Lt2 をオークション ( 今はなくなってしまったイサイズのオークション )で売ったお金を合わせて、PC-9821 Nr13D を買いました。
知っている人は、型番見ただけでなんとなくスペックがわかってしまうと思いますが、

    MMX Pentium 133Mhz
    Memory 96 MB
    HDD 1.4GB
    12inch SVGA DSTN 液晶
というマシンでした。

ただ、Nr シリーズになってから、カラーリングは良かったのですが、マシンの筐体は、レベルダウンしました。
(今で言うと、IBM ThinkPad の 600 シリーズから T シリーズへ移行した時ぐらいのショック)
ただ、このあたりのマシンから、なんとなく AT 互換機への移行を見据えたところが見え始めてた。キーボードの配列や Alt キーなどいままでの 98 になかったキーの搭載や、バスアーキテクチャの PCI ベースへの移行、インタフェースの変更など。

でも、この Nr13 はすぐに Nr15 へと乗り換えすることになります。なぜなら、やはり DSTN 液晶は見づらい!のでした。
(つーか、Nd2 の時に懲りてたハズなのに。。。)

で、この Nr15 への乗り換えはそのころ足を良く運んでいた(今でも必ず行きますが、、、)秋葉原の First Point で下取りセールをやっていて、Nr13 から Nr15 への移行がなんと差額たったの2万円前後でだったのです。

メモリをおまけしてもらって、中古だったので、家に帰ってパーツを分解して隅々までクリーニングしまくった思い出があります。
(あ、格安だったのはこのあたりも理由かも。中古でかなりホコリや傷があったで。。。)
壊れていた部品はオークションや、秋葉原の休日の露店で集めて、組み立てて、新古品同等までに仕上げました。
ついでに掘り出しものとして、Nr シリーズ用の内蔵 LAN ボード(3000円ぐらい)を Get できたのも後にとても助かることになります。

当然ながら、OS は待ちに待った NT4。

しかしインストール後、愕然としたのは、結構対応ドライバーがないこと。
致命的だったのが、ディスプレイドライバとサウンドドライバとモデムドライバ。で、前者 2 つは、当時メンバーだった PC-LAN (今の Biglobe かな?) の残党用の BBS で入手できましたが、モデムドライバがなぜかない。

ここで一大決心(というほどでもないが)したのが、ISDN (INS64) の導入でした。
そして、ISDN を導入すると共に、ISDN モデムはルータータイプを選び、ネットワークというものを勉強することになるのです。。。

・・・うーん、なかなか前に進みませんが、続きます。

ちなみにこのあたりの時代から、次のような活動が増えます。

    ・活動拠点が池袋のビックカメラから -> 秋葉原電気街中心へ
    ・ネットオークションの活用 (イサイズ、ebay)
    ・ISDN への移行 (TA 全盛期?)
    ・携帯の利用
    ・Windows NT 系の OS
    ・ネットワーキングの勉強
    ・PC の講師からイベント AD の仕事が多くなった

(2006/09/04 03:02)
 
モデムを使ったダイヤルアップ PPP から ISDN (INS64) への移行は、ネットワークの勉強の始まりでもありました。
まず、NT4 を使うことでモデムドライバが入手できなかったことで、TA を使うことに。
で基本的に TA はシリアル接続が主だったが、ここはネットワーク接続しようと思い、ルーターにもなる TA を秋葉原で物色。
買ったのは、当時 TA ルーターと言えば古河!というこで、古河の TA を購入。(たしか、ムーチョシリーズだったはず。)
で、これと Nr15 を接続するために、Windows ネットワーキングを勉強して、Nr15 に Windows NT4 をインストールして。。。あ、それと当時メッセンジャーの草分け的だった ICQ もインストールしてた。
それから。。。テレホーダイ64 とかもあったような。。。なのでネットの活動時間は夜中が中心。
当然当時は寝不足なはずだったが、さすが 20代前半!疲れなかったな~なぜか(笑)!

その後、ネットの勉強の途中で Web サーバの構築と保守の仕事も出てきた。Windows ではなく Solaris という SUN の UNIX マシンだったが。。。DNS とか勉強しながら、Web サーバを構築することは、普段自分が使っているインターネットがどんな形態でつながっているのか?ということを理解するのにすごく役に立った。

そして、時代は PentiumⅡ に突入!
会社で最速マシンは PackerdBell NEC の Avanza NX で PenⅡ300Mhz + 256MB のメモリ!
これは、当時 Windows 98 を使っていてすごく早いマシンだと感じていた。ノートも MMX Pentium から Mobile PenⅡの時代となり、またまたここで新しいノートを買う岐路にたたされるのであった。。。

このノートの買い替えが、またさらに次の自分のステップアップになると感じたが、昔からの 98 の使い勝手を考えると。。。

そうPC-9821 から Dos/V に移行しようか迷っていた。というのも、会社では当然ながら 98 シリーズを使っていたのだが、講座用のマシンは NX シリーズということもあって、DOS/V 化しようとしていたが、自分が持っているアプリは全部 98 用だったので、それらを全部放棄する気にもならなかった。

で、当時迷っていたのは、
Mobile PentiumⅡ 233Mhz + 128MB + 12GB HDD というスペックの PC-9821 LT23 というマシンと、
Mobile PentiumⅡ 266Mhz + 64MB + 9GB HDD というスペックの IBM ThinkPad 600 というマシン。

秋葉原のソフマップ5号店で迷いに迷っていた。
当時の価格は両方とも、ほとんど同じで 約 15万円ほど。

スペックで迷っていてもしょうがないと思い、再度現地で物色していたら、ThinkPad 600 が値下がっていた!
なぜか?

OS がない+付属品なし+箱なし で 12万円

それ見て、実機を見せてもらって、かなり美品だったことに加えて、メモリ128MBx2 としてもらって、12万5千円で購入!

これが、ThinkPad にハマるきっかけであって、
最初に後にも先にもなさそうな、すばらしい DOS/V マシンに出会ってしまったので、この後なかなか新しいメインマシンの購入に踏み切れなくなってしまった・・・


(2006/09/10 07:00)
 
前回書いたところで、古河の TA だが、名前を思い出した。MUCHO (ムーチョ) シリーズだった。
このシリーズは、ファームウェアの書き換えで、スペックを Update していくタイプで、NAT などにも対応していて、かなり使えました。。。

と TA のことばかり書いていてもしょーがないので、(と言っても、書きたいことはたくさんあるので、またモデム・TA・ルーターについてはまとめて書く・・・つもり)本題に入ろう。

ThinkPad 600 を購入した僕は、待ちきれなくて、そのまま昔の若松があったビルの上横の喫茶店 (名前忘れたが、電源を貸してくれるところ)に入って、いつもの濃い目のカフェオレを頼んで、それがくる前には、もう電源をつないで BIOS 画面を出し、じっくり設定内容を見ていた。

ThinkPad は NEC のマシン同様、当時はオリジナルの BIOS を搭載していて、マウス操作でき且つ Diagnostic Tool までが搭載されていて、何もない状態でマシンの状態チェックができた。
これを流しながら、唯一ついていた英語の印刷されたマニュアル (ソフマップの店員が Web からダウンロードした PDF ファイルを印刷してくれた) を読んでいた。

しかし、だいたい搭載されているハードウェアなどについては、当時の PC-98 シリーズと変わらなかったので、ほとんど飛ばし読みできた。というよりは、PC-98 シリーズのほうが、この AT 互換機とよばれる DOS/V 機の仕様に合わせてきていた、というのが正直なところだろう。PC カードも PCMCIA 準拠だし、赤外線通信も、ディスクも、シリアルなどもほとんど同じ。
そして、OS も Windows 95/98 ということで、基本的なハードウェアについては、OS のレイヤーで吸収されるため、PC-98 で当時使っていた周辺機器で使えないものはひとつもなかった。

そうこうしているうちにチェックは終わり、エラーはひとつもないことが判明。さっそく Windows98 をインストールした。本当は、WindowsNT Workstation をインストールしようと思っていたが、まずは98をインストールして、PnP でどういったデバイスが認識されるのか、確認したかった。特に注目していたのは、古くから IBM がノートPCに採用していた DSP 関連。サウンド・モデムなどをソフトウェア処理させているらしいのだが、そのあたりが当時はまだよくわかっていなかった。

OS のインストールが完了したころ、当時の PC-98 系のチャット仲間がやってきて、結構冷やかされた記憶がある。うーん、このときの会話の内容もうろ覚えだが、DOS/V マシンのキーボード配列は、スペースキーが短すぎることを指摘されたような・・・でも、ThinkPad そのもののクオリティの良さにびっくりしてた記憶もある。

確かに、DOS/V マシンの日本語キーボードの配列には、今までも不満が多くあった。スペースバーの短さ、Ctrl キーと CAPS キーの位置、キーストロークの短さや打鍵感。
でも、ThinkPad はキーストロークと打鍵感は PC-98 以上だった。この ThinkPad 600系のキーボードは、700 系と共に史上最高のキーボードと言われるくらい、すごい。何しろ、キーを叩いていて、気持ちいいのだ。
今のノートパソコンのキーはペシャペシャしてしまって打つ気にならないので、なんとかメーカーには頑張ってもらいたいが、本家の IBM (Lenovo) ですらやる気を感じさせないので、絶望的かも。。。
そんな理由で、ThinkPad 600 系は未来のためにも、現在も1台確保している。しかもフルカスタマイズして。どんなカスタマイズかは、また後ほど紹介します。

でも、これは後々英語配列キーボードを使うことのきっかけでもあった。

ThinkPad を購入してからは、ノート PC ながらにして、メーカーの部品サポートの良さもあり、カスタマイズというかメンテナンスに余念がなかった。
やはり、それを知るには、分解だろう。
PC-98シリーズに関しては、それ系の本があったので、分解するのはそんなに苦ではなかったが、基本的に技術者しか分解できないようになっているので、結構配線など、いやらしい?造りになってた。

けれど、ThinkPad は

「これはユーザーが自分でメンテナンスすることを目的に設計されたのでは?」

と思ってしまうほどの作りのよさだった。
とりあえず中を覗いてみると、、よかった。前の所有者がタバコ吸ってないこともあり、ホコリもほとんどない。パーツを一つ一つ外しながら、拭き取り掃除して、配置を確認していく。。。うーん無駄がない。すごい。

いくつか強度に不安があるものをとりあえずパーツ番号を控えておいて、あとから当時の IBM 部品センターに連絡して、取り寄せた。新品が届く。パームレストとキーボードも一緒に取り寄せた。組みなおすと、すごい。新品だよこれは。わずか1万円の部品取りで。。。

⑦に続きます。。。

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投稿者: : 2006-11-27 投稿先 日記

 

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